嶽本野ばら『エミリー』

いや〜浸りました。
こんなに浸れる恋愛小説は、高校時代読んだ山田詠美の『放課後の音符』以来かも。
ロリータ少女とホモセクシュアルの少年の交流は、丁寧に描かれていて惹かれあう必然に説得力十分。(恋愛に理由なんていらない、というのはわかるけど、背景や状況がしっかり表現されている方が入り込みやすいのは確かです。)
淡々と、しかし切々と語られるヒロインの物語に、ぐいぐい引き込まれ、少年に向けられるひたむきな愛情に胸が熱くなりました。
といっても別にヒロインに自己投影したりはしないのです。自己投影するにはこのヒロインの生きる現実はあまりに過酷で生々しく、でもその重すぎる苦難にも負けないくらい燦然と美しいものが『エミリー』の世界をとりまいています。
陶然とさせてくれる重要なファクターは、ヒロインの傾倒するファッションブランド Emily Temple cute のお洋服の丹念な描写にありますが、それらが表層的な耽美で終わっていないのは、厭世観とは別物の、純粋な美への希求が情熱を持って語られているからでしょう。
素敵なお洋服は逃避ではなく、生きがいだとするヒロインの強さには、痺れました。
可憐で繊細な世界に、びしりと腰の据わったたくましさ…『下妻物語』のヒロインにも感じた不思議な魅力の正体が、この本を読んではっきり腑に落ちました。
手垢のついていない純愛小説です。


余談になりますが、文庫本の解説にあった
「文章での服飾の描写は時代を超える。人間の美しいものへの憧れを源にして湧く、豊かな想像力を刺激する。」
という一文は同感。
綿矢りさが寄稿しているのだけれど、通してよく共感できる的確な表現が多々ありました。
彼女の作風は好きではないのに気になるのは、言葉を練成するセンスに惹かれるから…なのかな。